「親のエゴじゃないの?」
「うちはそういうの興味ない」
こういう言葉、どこかで聞いたことがありませんか。わたしは、一人目を妊娠中に親から言われました。
正直、傷つきました。やりたいと思っていたのに、なんとなく言い出せなくなって。結局、一人目のニューボーンフォトは撮れませんでした。
今でも、少し後悔しています。
「かわいそう」って、本当に?
ニューボーンフォトに否定的なイメージがある理由のひとつに、SNSで見かける「特殊なポーズ」があると思います。頭を両手で支えるポーズ、頬杖をついているような写真。
でもあれは、複数枚の写真を合成した加工画像です。赤ちゃんが実際にあのポーズをしているわけじゃない。知らずに「こんな無理なことをさせるの?」と思うのは、仕方のないことだと思います。
Cherishのセットで撮るのは、そういうものではありません。赤ちゃんが自然に寝ている姿のまま、かわいい衣装や小物で飾って撮るだけ。ちょっとおめかしした、特別な一枚です。それが、かわいそうでしょうか。
100人いれば、100の価値観がある
ニューボーンフォトに限らず、子育てにまつわることって、いろんな意見があります。「あんなのは嫌だ」「私ならこうする」。SNSやネットの書き込みで、そういう言葉を見かけることもあります。
それは、その人の価値観です。価値観が違うのは、当然のこと。
ただ、価値観が違っても、人を傷つけていいわけじゃないと思っています。自分の意見を持つのは自由。でも、その言葉が誰かの心を傷つける可能性があるなら、心の中に秘めておけばいいんじゃないかって、わたしは思う。
そしてその言葉に振り回されて、後悔してほしくない。
撮っても、撮らなくても、どちらも正解
ニューボーンフォトを残すことが「正解」だとは言いません。目で見て、心に焼き付けることだって立派な「正解」です。
正解はその人によって違って、当然なんです。
ただ、迷っている人に伝えたいのは——「かわいそう」という誰かの言葉のせいで、やりたいことを諦めてほしくない、ということ。
世の中にはいろんな情報があります。わたしは、自分に合うと思ったことを信じたらいいんじゃないかって思ってます。エビデンスが、どうこうって話じゃなくて。もちろん、赤ちゃんに害のないことが前提ですよ。ただ、自分がいいと思えばそれを信じて行動したら、それでいい。
将来、見返したとき
写真って、撮った瞬間だけのものじゃないんですよね。
結婚式の生い立ちムービーに流れたら、かわいい。子どもが大きくなってから一緒に見て、「こんなに小さかったんだね」って話せる。
子どもって、自分の写真や動画が好きなんですよね。うちの子もそうです。3歳になった今も、一緒に見ていると「ちっさい僕、かわいいねぇ」って言ってて、それがまたかわいくて笑。
1歳の頃の記憶は本人にはないけど、動画を見ることで「こんなことしてたんだー」ってわかる。本人もうれしそうで。自分が大切にされてきたんだって、伝わってるといいなと思っています。
一人目で撮れなかった、後悔
わたし自身、一人目のときにニューボーンフォトを撮りませんでした。
「かわいそう」と言われて、なんとなくやめてしまった。でも今でも思うんです。撮ればよかったって。
他人の価値観を聞いても、それが自分の価値観に合わなければ意味がない。あのとき、自分の気持ちを信じていたら、と。
だから気になっている人は、ぜひ撮ってほしい。「みんな撮るべき!」と言いたいわけじゃない。ただ、気になっているなら、やってみればいいと思う。
撮ろうか迷っているなら、まず予約だけ入れておくのも手です。
産後に「やっぱり撮りたい」と思ってからでも対応できます。
ママへのご褒美として
産後1ヶ月は、ニューボーンフォトが撮れる時期であると同時に、ママの体がいちばんしんどい時期でもあります。眠れない。体は回復途中。頭も回らない。
だからこそ、無理のない方法で残してほしいんです。
それに——出産って、本当に怖いですよね。世の中のママはみんな通ってきているけど、わたしは出産自体が怖すぎて、「出産がゴール」になっていました。かわいい我が子に会えることよりも、とにかく怖かった。
それを乗り越えたんだから、ママにご褒美があってもいいじゃないですか。
ニューボーンフォトが、そのご褒美のひとつになればいいなって思っています。
可能なら、産む前に予約して、どんな雰囲気で撮りたいかイメージしておいてほしいです。産後は本当に頭が回らないから。